モノラルとステレオの隙間で揺れる音楽 日本橋店 渡辺正 7インチドーナツ盤レコードを取っ替え引っ替えしながら音楽を聴くことはとても楽しい。その一曲を選び出してプレーヤーに乗せ、盤を拭き、針を乗せる。数分でその一曲は終わり、また針をあげて盤を袋に戻して次の一曲を選んでプレーヤーに乗せる。。。今やPCや携帯プレーヤーに取り込まれた楽曲はシャッフル機能で永遠に鳴り続けるご時世にこんな面倒なことをして音楽を聴く。この時代錯誤な音楽の楽しみ方が、その一曲と自分との関係をグッと濃密にしてくれる気がする。そしてある時、気付いたのが手持ちの7インチドーナツ盤のモノラル率の高さだった。 そこで問題なのが、モノラルレコードはモノラルカートリッジでかけなければならないとの先輩諸氏のご意見。 オーディオ好きや音楽好きがモノラルに興味を持つということは即ちアナログ無間地獄(極楽?)への扉を開くことだ。。。 今回のお題はB級音楽愛好家の目線からのモノラルカートリッジ考。 それでは独り善がりの駄文に暫しのお付き合いを。。。 |
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the godfather of Northern Soul KEB DARGE (NUDE RESTAURANTブログより) |
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-モノラルカートリッジとステレオカートリッジの構造と違い- モノラル盤の再生の仕組みはシンプルだ。レコード盤に刻まれたV字の溝がジグザグに細かく走り、モノラルカートリッジの針は水平方向に振れながら溝をなぞっていく。水平の振れがカートリッジに仕込まれた小さな発電機で電気信号となり音声として再生される。 ステレオ盤の場合、レコードの溝は水平方向だけでなく、垂直方向にも信号が刻まれている。よってステレオカートリッジには水平方向の発電機と垂直方向の発電機が仕込まれて、ふたつのスピーカーで中央に立体音像を結ぶ。 モノラルカートリッジは溝の横方向の振れだけを拾うので基本的に縦方向に針は動かない。例のカンチレバーが平べったく幅広の奴だ。ステレオカートリッジは上下左右に針が動く。人差し指を立てて左右に振る動きがモノラルカートリッジの針の動きで、ぐるぐる円を描く感じの動きがステレオカートリッジの針の動きだ。 ならばモノラル盤はどうしてモノラルカートリッジでなければならないと言われるのか。もちろんステレオカートリッジでも再生はできる。が、縦方向にもステレオカートリッジは針が動いて音を出すので、カッティングやプレスの際のV字形の溝の底の曖昧なデコボコや溜まったゴミを音にしてしまう。底チリやバックノイズと言われる音だ。高音質再生を謳った楕円針のステレオカートリッジになるとさらに針先が細くなり溝の奥深くはまり込み、バックノイズの向こうで音が鳴ってるように聴こえる。 バックノイズまみれの音こそが古いレコード鑑賞の味と思われている方もいるが、本来のモノラル録音はそんな劣悪な音ではない。モノラルカートリッジで再生すれば縦方向の揺れは信号として感知しないので、ノイズは格段に減り、くっきりと音像が立つ。奥行き感はステレオ以上かと思える盤も多くある。やはりモノラルレコードはモノラルカートリッジで聴くに限る。 逆にステレオ盤をモノラルカートリッジで再生するのは物理的にNG。モノラルカートリッジの平べったく幅広のカンチレバーは上下には動かないのでステレオ盤の上下のうねりをカートリッジで吸収出来ずレコード盤の溝を痛めてしまう。 |
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FAIRCHILD / 225-A フェアチャイルド社製の希少モノラルLP用カートリッジ。デノンのモノラルカートリッジのお手本になったモデルである。 ♦︎LP用 ♦︎インピーダンス470Ω ♦︎出力電圧5mv ♦︎推奨針圧4〜8g |
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DENON / DL-102 103の前身、放送局用モノラル専用カートリッジ。 垂直方向にもコンプライアンスを持たせることで、ステレオレコードをかけた場合でも、レコードにダメージを与えることなく再生が可能。 ♦︎LP用 ♦︎インピーダンス 240Ω ♦︎出力電圧 3mV ♦︎再生周波数 50Hz〜10kHz ♦︎適合負荷 1kΩ以上 ♦︎針先 無垢丸針(0.67mil) ♦︎針圧 3g ♦︎自重13g |
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audio-technica / AT33MONO 伝統の33系ボディから派生したモノラルカートリッジ。垂直方向にもコンプライアンスを持たせることで、ステレオレコードをかけた場合でも、レコードにダメージを与えることなく再生が可能。 ♦︎LP用 ♦︎MC型 ♦︎インピーダンス 10Ω ♦︎出力電圧 0.35mV ♦︎再生周波数 20〜20,000Hz ♦︎適合負荷 100Ω以上(ヘッドアンプ接続時) ♦︎針圧 2.3〜2.7g(2.5g標準) ♦︎針先 無垢丸針(0.65mil) |
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-どっこい、それで終わらないモノラル盤とモノラルカートリッジ- それでも先に述べたステレオとモノラルのカートリッジの違いは基本的な話であって、それだけで終わらないから話はややこしい。 優秀録音のオリジナル盤しか持たないマニアの鏡のような方はステレオ表記がなければ「FAIRCHILD / 225-A」のような正真正銘のビンテージ系モノラルカートリッジでガツンといけばいい。いくべきだ。是非いきましょう。 ところがモノラル盤であっても再発ものだと話が違ってくる。ステレオ録音時代になってから再発されたモノラル盤はステレオカッターヘッドで溝を切られている。しかしプレスする国の設備によってはモノラルカッターで切られた再発盤もあるかも知れない。サルサの再発なんかで原盤はアメリカでもペルーの再発盤なんてのもあるし。またステレオ盤とモノラル盤が並行してリリースされていた時代のものもグレーだ。 ではステレオカッターでカッティングされたモノラル盤は、ステレオカートリッジで聴くべきなのか?このあたりから意見が分かれてくる。ステレオカッティングだからモノラルカートリッジを使うのは百害あって一利無しといわれるのが大多数のご意見。逆にステレオカッターでカッティングされてるんならモノラルだろうが何だろうがステレオカートリッジで聴くべしとおっしゃる御仁も多い。 物理的に考えればモノラル盤もステレオ盤も同じ90度の角度で溝が切られている。そして垂直方向にもうねりがあるのがステレオ盤。だとすればステレオカッターで切られたモノラル盤であっても上下の動きをしないのであればモノラルカートリッジで良いのではないかと思ってしまう。ところがカッティングする工程で、送り出しのアンプの精度限界からくる左右の誤差(カッティングマシンに音声信号を送る際、ステレオアンプの両チャンネルにモノラル信号を送るからだ)やマスターテープの劣化等々に起因するノイズ等々を拾い、溝に微かに上下のうねりも出来てしまうので、意図せずともなんとなく曖昧なステレオ効果が出てしまうようだ。やはり再発盤を上下運動をしないモノラルカートリッジでかけることは溝を痛めるのでご法度となる。 むしろステレオカートリッジで聴くべしとのご意見はどうか?僕はそれも有りだがベストではないと思う。縦方向のうねりや底チリ音やガサゴソ音を拾い音声信号として鳴らしてしまうので、やはりノイズが多くなるし、なんとなく音がシャキッとしないことが多い。DENON / DL-102に代表される、ダンパーが垂直方向にも動きながら水平方向のモノラル信号のみを音声信号として出力するモノラルカートリッジが一番だと思っている。現行品のモノラルカートリッジの多くはこのタイプだ(マニアックな水平運動のみのカートリッジも一部、現行品として売られている)。再発モノラル盤も、グレーなモノラル7インチドーナツ盤もこのタイプの上下運動するモノラルカートリッジなら盤を痛めることなく、音が鮮明になるしノイズも格段に減る。 |
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ステレオレコードの実用化が1958年。弊社メルマガ705号2017-08-04の京都商品部スタッフ朴の記事に依ると1969年に発売されたThe Beatlesのアルバム「Abbey Road」がステレオカッティング盤のみでの発売で、この時点がステレオが一般化した時期だろうと考察をしている。 http://www.hifido.co.jp/merumaga/kyoto_shohin/170804/index.html ところがステレオ再生装置が一般家庭に 普及したであろう1970年代はじめであってもラテンやR&Bの7インチドーナツ盤はモノラルが結構多い。 |
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ラテンやR&Bの場合、LP収録はステレオカッティングだが、アルバムからシングルカットされる楽曲はラジオ放送やジュークボックスでの使用が前提のためモノラルカッティングになるようだ。または、ラジオ局やレコードショップへのプロモーション用の盤だとA面はステレオカッティングでB面はモノラルカッティングというのもある。もちろん両面とも同じ楽曲だ。 背景にあるのはラテンやR&Bのレコードの購買層が有色人種であり、一般論として経済的な事情からステレオ装置の普及が遅れている事やその為ラジオ・ジュークボックスでのリスニングが多い事が考えられる。それは後に日本がほぼレコードからCDに取って代わられた1980年代終わりであっても、ヒップホップやレゲエの現場ではカセットテープがソースの主流であったことと同じだと思う。 |
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ここで最初の話に戻すと、7インチドーナツ盤レコードを取っ替え引っ替えしながら音楽を聴いていると、どうしてもモノラル盤とステレオ盤が混在していく。京都商品部スタッフ朴は前出のメルマガで「7インチ、LPとモノラル盤をしばらく聴いた後、ステレオ盤を聴き始めました。すると、初め、音を見失うといいますか、ステレオ感が捉えられない感覚を覚えます。」と述べている。 モノラル録音でもステレオのような音の配置はなんとなく感じられるし、縦列の奥行き感はステレオ録音よりもシャープに出てくると思う。モノラル録音を立て続けに聴き、直後にステレオ録音を聴くと、音がだらっと横に広がり、奥行きがなくなり、中央にボーカルが立つ場合はボーカルの焦点がボヤけたような印象を受けてしまう。 |
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音楽を聴く時に心地よい曲の流れというものがあり、その曲順や流れを考えることも楽しい。その流れを楽しむためにモノラルとステレオが混在しても、都度都度カートリッジを変えていては興ざめするし、京都商品部スタッフ朴はプレーヤーをダブルアーム化しても結局は違和感を覚えてしまうと言う。。。 ◆Illustrations by Hiroyuki Tanaka |
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-すべての音源はターンテーブル上で平等に再生表現される権利を持つ- (@幻の名盤解放同盟) モノラル盤とステレオ盤をランダムに掛ける場合の僕の結論はモノラルカートリッジでモノラル再生すること。ダンパーが垂直方向にも動くモノラルカートリッジを使うことが最善ではないかと考える。僕が使っているカートリッジは「audio-technica / AT33MONO」。 このカートリッジならステレオ盤を掛けても盤にダメージを与えない。もちろんステレオ録音もモノラルで再生される。しかしこの方がモノラルとステレオが混在しても違和感なく心地よく聴けるし、意外と下手なステレオ再生よりも輪郭がしっかりとして奥行きのグラデーションも勝っていたりする。 「DENON / DL-102」も使っていたが、ナローなレンジが我慢出来なくなってオーディオテクニカに変えてみた。。僕は70年代の邦楽ニューミュージック(もちろんステレオ録音だ)も大好きで、これをDL-102で再生すると高域がどん詰まって、どうにも冴えない。これはもちろんDL-102が悪いのではなく、こちらの使い方の問題だ。 ちなみにウチはレコードプレーヤー2台体制で、2台とも同じプレーヤー、同じカートリッジというお馬鹿な組み合わせをしている。2台のプレーヤーで7インチドーナツ盤を交互に取っ替え引っ替えした時に音質差を出したくないのである。 聴く盤が50年代から現代まで、ジャンルはジャズにソウルにブーガルー、和モノも掛ける。そもそも50〜60年代のポップミュージックなんて、ラジオやジュークボックスかせいぜいチープなポータブルのレコードプレーヤーのような超ナローレンジで雑な解像度の環境でいかに楽しく聴かせるかという録音バランスなので、高品位なオーディオ装置とは相性がわるい。 そんな音源らを、さらにモノラル盤とステレオ盤もシームレスに、グッとくる音色でいかに鳴らすかに腐心をしている。ピュアオーディオの方々とは別のベクトルではあるが、B級音楽愛好家にはB級音楽愛好家なりの工夫がなければ気持ち良く音楽が聴けないのである。 |
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-oldies but goodies- ポップミュージックが大きく花開いた1950年代から1970年代は楽器、録音技術、オーディオ機器の進歩と音楽がうまく歩調を合わせながら進んだ時代だったと思う。 そしてCDの登場以降、コピーコントロールCDによる迷走やiTunes-iPodを軸とした音楽配信等々、デジタルメディアの規格変更云々、PC産業と歩調を合わせながら前のめりで変化させる近年のオーディオ産業は音楽とオーディエンスを置き去りにしてはいまいか。 いま一度、古き良きアナログ技術に裏打ちされた音楽たちをレコードプレーヤーでゆっくり聴きたい。今の時代だからこそ、今の技術や知恵と工夫で、モノラルもステレオも、良質音源も劣悪音源も、シームレスに気持ちよく聴きたいのである。 |